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姫路市中心部から車で約40分。春は桜が咲き乱れ、夏は川でホタルが乱舞する自然豊かな農村地。おだやかな風景に抱かれた本社工場では、エアゾール製品や燃料用ボンベの生産が行われています。国内初のノンフロンガスを世に送り出すなどして注目されてきた、文字通り地球環境保全の最前線。そんな現場で総勢48人を統括するのは、工場の安全とスタッフの職場環境を何よりも優先するアグレッシブなリーダーでした。
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◆誰に対しても同じ目線の「すぎもっちゃん」
「あ、地震かな。少し失礼します」。和気あいあいのインタビューが始まって早々、かすかな縦揺れも見逃しませんでした。険しい表情で関係各部署に内線電話をする手際のよさは、安全意識の高さを物語っています。そして工場内の安全が確認されたら、元の温和な表情にリターン。ほんの数分間のテキパキとした対応を目の当たりにし、この人が本部長になるのは必然だったのだと改めて実感せずにはいられませんでした。「危険な仕事ではありませんが、安全にはやっぱりかなりうるさいです。工場だけの問題ではなく、地域のみなさんの平穏なくらしにも直結していますから」。
この3月から、社内指差呼称強化運動がスタート。自分たちの職場で安全点検の際、大きく声を出しながら指を差して安全確認を行うことを習慣化しようというもの。スタッフ全員が右手首に黄色いリストバンドを着用し、「できたと自覚したスタッフは外してもいいですが、周りがまだできてない!と判断した場合は、また着けないといけないんです。みんな早く外せるよう、必死にやってますよ(笑)」。
萎縮したり嫌がっているスタッフはいません。むしろこんなアイデアを出し実行することで、より結束が強まっています。それもこれも、分け隔てなく人に接するリーダーの人柄。「自分より古株のスタッフは、誰も本部長なんて言ってくれません(笑)。みんな“すぎもっちゃん”と。でもそれでいいんです。スタッフでも取引先でも業者でも、常に同じ目線で対応するようにしています」。できるようで、意外とできないこと。やりたくても、さまざまな事情でできないこと。リーダーの懐の深さは、そのまま内外の信用の深さにつながっています。
◆こだわりがないのがワークスタイル
西宮市出身の51歳。小学生のころからサッカーにハマり、中学校卒業前にはサッカーの名門高校からのスカウトも多々。多少のブランクはあったものの、神戸の社会人チームでもプレーの経験を持っています。
20代のころにはプロサッカーチームのプロテストを受け、なんと2次テストまで合格したことも。あとひと息だったのでしょうか。「左を見ても右を見ても超一流の選手ばかりでしたが、3次テストに進むとみんなやたら自分をアピールするんですよ、ボクのプレーを見てください!といわんばかりに(笑)。まあプロを目指すわけですからそれがいいんでしょうが、それをみていたら気持ちが急に冷めてしまって。合格発表を待つこともなく、その場から立ち去ってしまいました(笑)」。えー、なんというもったいないことを。自分は曲げないというか、潔いというか。サッカーに限らず、このリーダーにはそういうところがあるようです。もしかしたら、自分が意識しないところで運やカンを味方にして上昇気流に乗れるタイプなのかも知れません。
サッカーと平行しながら、SEや建築関係、大型トラックのドライバーなども経験。一時は専門講師を目指すべく、専門学校に通ったこともありました。「仕事に対するこだわり?あまりありませんでしたね~(笑)」。こだわりがないのが、リーダーにとってのワークスタイルのようです。
◆幻の「茶髪でロン毛の本部長」
今の仕事に就いたのは、今から16年前。その1年前に西宮市からこの地に移り住んだことがきっかけでした。サッカーにケガはつきものですが、一度大きなケガをして入院した際、担当だった看護士さんにひと目惚れ。その後、的確な愛のドリブルが功を奏して見事ゴール。奥様の実家に近い場所を選んだことが、現在の職場と結びつけるきっかけにもなりました。「こだわりのない生きざまだから、結婚なんて絶対縁がないと思っていたんですがね(笑)」。まさに芸は身を助ける。縁は異なもの味なもの。もしサッカーをしていなかったら、もし大ケガをして奥様と出会わなかったら、リーダーの存在はありませんでした。
派遣社員として入社後、その後わずか半年で社員採用。その後、課長や工場長などを経て6年前に本部長に就任。本部長に就任する前、上司から「“その茶髪とロン毛、なんとかならんか”と言われてバッサリ切ったことがあります(笑)」。一同唖然。いくらなんでもそれはダメでしょ。現在の体育会系のキャラクターから、ロン毛など想像もできません。
そして気がつけば、これまでのどの会社よりも勤続年数の長いキャリアハイを更新中。これまでこだわりなく仕事を選んできたワークスタイルでしたが、「いい仕事の話がほかにあったら?行きませんね。ここはとっても居心地がいいんです」。なぜそんなに居心地がいいんでしょう。「う~ん、わかりません(笑)」。聞けば、ほかのスタッフもそう言うそうですし、長いつきあいのある取引先からみても、そんな雰囲気が伝わってくるのだとか。いい会社とは、仕事のやりやすさ。それが、居心地のいい職場環境に結びついているのかも知れません。
◆いつか外の世界をみせてやりたい
「入社当時から風雲児みたいな人でした(笑)。一本筋の通ってる人。いい意味で要領よく仕事をされますし、知識もたくさん持っておられます」と話してくれたのは、同じ会社の平川由加里さん(取締役管理部担当部長)。極めて冷静に、かつ正確にスタッフを客観視してきた一人です。そして、「私も会社にいる時がとっても好きで、居心地がよくて自宅にいる感じなんです(笑)」。
居心地のよさは、そのまま離職率の低さにも反映しています。面接試験も自ら買って出るリーダーは、「どんな人物なのか、もう直感でわかります。だからいざ採用しても、大きなブレはありません」。真冬には誰よりも早く出勤して本社工場に通じる道に凍結防止剤を撒いたり、社内にスポーツサークルをつくったり、タクシー会社と契約して姫路駅から送迎用車を調達したり、地域の夏まつりなどでは手土産を差し入れたり、本社工場の前を流れる川を掃除したり。社内の福利厚生の充実はもちろん、地域社会に対する貢献も忘れてはいません。
そんなリーダーが今後やりたいことは、「現場しか知らない若い人たちに“外の世界”を見せてあげたいなと思ってるんです。まだ構想段階ではありますが、自分たちがなぜこの仕事に携わっているのか、どんな社会的意義があるのかを実際に肌で感じて、自分たちの刺激にして欲しいんです」。
一見クールにみえて、実は温かい人。自他ともに認める「居心地のいい職場」は、実はリーダー自身がつくってきた功績なのかも知れません。
(取材・構成/池田厚司)