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「悩む時間がもったいない。仕事も遊びも楽しくなければ。」

2019.06.132019.06.13
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★笹部朋生さん(運送業/株式会社Sファミリー代表取締役)

会社勤めの経験は一切ゼロ。会社経営者としてのポテンシャルは、いくつかのアルバイト経験から。人のつてに頼るわけではなく、強引な営業をかけた結果でもなく。「人間、笑顔さえ忘れなければ何とかなりますよ」とサラリ。あまりにも爽やかすぎるワークスタイル。時代の波をしっかりキャッチしてきた、社員思いのサーファーでもあります。

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◆三代続いた家業の跡地を利用

訪れたのは、堺市堺区の西湊町の本社。かつては紀州と泉州の交易ルートでもあった紀州街道に面し、今も要所要所に江戸時代の面影を残すたたずまいの一角にありました。聞いたところによると、三代にわたって豆腐の製造業を営んでいたのだとか。最後の代となるお兄様が7年前に廃業したことを機に、当時と同じ場所で平成24年7月に運送業を本格的にスタートさせたのが、法人経営者としての第一歩でした。

本社以外にも同じ堺市内で支店を置き、車両の所有数は2トン車から4トン車、冷凍車に至るまで計28台。35人もの従業員を抱え、家電・家具や雑貨、冷凍食品などの配送のほか、今年4月からは引っ越しサービス業にも着手。「この分野はまだ始めたばかりなので、自分も現場で社員と一緒になって汗を流しています」。

こぢんまりした事務所には、名横綱の額やサイン色紙が飾られていたり、毎年秋に行われる「堺まつり」に出場するふとん太鼓の記念皿が置かれていたり。かといって、社長室らしきものが特別にあるわけでもなく。生まれ育った地元で、従業員と常に同じ目線で働くワークスタイルを貫いています。

ふとん太鼓はいわば超大型神輿、重量はなんと約2トン。山車やだんじりのようにコマがあるわけではなく、40人で担ぎ上げ市内を練り歩くという超ハードなもの。地元の保存会に所属し、担ぎ手と運営面で精力的に取り組んでいるのも、地元を愛すればこそ。生粋の堺っ子ならではの気質が見え隠れします。

◆すべてはサーフィンのために

さすがガッシリとした体格。人生の半分以上を、運送業とふとん太鼓で磨き上げてきた結果のガタイ。横からみると、元K-1ファイターの魔裟斗にどことなく似ている精悍さ。反面、目を細めた時の笑顔がやさしすぎます。「いやあ、目がパッチリなるように写真修正しといてくださいね(笑)」。これからは、目がチャームポイントですとお答えください。

次男として生まれたこともあり、家業だった豆腐づくりへの関心は皆無。高校でも大学でも自由奔放なライフスタイル。特に熱中したのはバンド活動でした。当時はBOOWYやX JAPANといった和製ロックバンドが音楽界を席巻。「どっぷりハマりました。大学卒業後も定職には就かなかったです。バンドをやってるからには仕事はしたらあかん的な、今思えば変なプライドも邪魔して、真に受けてました(笑)」。

一時はプロを目指したほどのクオリティーでしたが、ある日友人に誘われて初体験したサーフィンの面白さを知ることに。「何度やっても、なかなかボードに乗れなかったことが逆に面白くなってきたんです」。ロッカーからサーファーへ。ライブハウスからビーチへ。ハワイやインドネシアなどの海外遠征も。「そうなると、先立つものが必要になってきますからね(笑)」。とはいえ、正社員だとなかなか思うように休みがとれない。バイトだったら比較的自由に休みがとれる。お金を稼ぐのは、波に乗りに行くため。自身の目標が明確になったことで、本格的なアルバイト生活に入ったのです。

何気なく選んだ道ではありましたが、その後の人生を大きく左右することになるとは。この時、20代前半のサーファーは知るよしもありませんでした。

◆部活感覚で楽しめた引っ越しアルバイト

「あの時は何も考えてませんでしたね(笑)。ただただサーフィンのため。その一心だけでした」。何気に選んだアルバイトは、大手引っ越しサービス会社。ガソリンスタンドや自動車修理工場、露天で金魚すくいやヨーヨーつりなど、これまでさまざまアルバイトを経験しましたが、会社の看板を背負ってエンドユーザーと接する仕事はこれが初めてでした。

めっちゃ大変な仕事だと聞いてますが。「いや、そんなことはないですよ」。だって体力的にキツいでしょ?「そうですけど、楽しいことのほうが多かったですよ」。楽しい?「はい、まるで部活のようなノリでやってきましたから(笑)」。

何はともあれ、時間との戦い。その中で、いかに効率よく荷物を運べるかはチームワーク次第。「ピアノを2人で運んだ時は1センチ身長が縮む思いをしました(笑)」。また、引っ越し日に他社とエレベーターでバッティングした時は、「うちだけ階段でやり切りました」という武勇伝的エピソードも多々。そうした緊張感を「楽しい」と表現できる心理は、やはり凡人ではなかったからでしょう。

27歳の時、単身念願のオーストラリアヘ。シドニーやゴールドコーストなどで、ボードとリュックだけで3カ月滞在。これを機に会社も退社。「やりたいことは全部やりました。もう悔いはありませんでした」。1年後に結婚。同時に、2トントラック1台で家電量販店専門の個人運送業を開業。「引っ越しに比べたらずっと楽でした。ただ、80キロあるブラウン管のテレビを一人で階段で運んだ時は、ヤバいと思いました(笑)」。地デジ特需が下火になったころ、危機感を抱きつつさらなる営業品目を増やすべく法人化。波待ちもそこそこに、果敢にテイクオフを試みたのです。

◆社名に込められた意味

今春新たに始めた引っ越しサービスでは、自らが現場で指揮をとり営業スタッフと2人1組で。たとえ少人数であっても、大手にできないことをやっていきたいと。「単に荷物を段取りよく運ぶだけでなく、上質なサービスを提供していきたいんです。引っ越しは人生の大切なセレモニーですから」。引っ越しなんてどこも同じようなもの、ではない信頼関係をエンドユーザーとの間に構築していきたい、とも。

理想を現実にするためには、優れた人材育成が不可欠です。そのために取り組んでいることは?「いやあ、特にありませんね(笑)。研修をやるわけでもないし、会議というものをしたこともありません」。でも社員がミスをしたら対応しないといけません。「それがね、社員を叱ったことが一度もないんですよ(笑)」。だとしたら採用時のチェックが厳しいとか?「いや、基本的にウェルカムなんです。誰だって、実際に仕事をやってみないとわかりません。最初から線引きするのは本意じゃないんです」。人がよすぎるのでは、と思ってしまうほどの神対応にあっぱれです。

一番大事にしていることは、笑顔を忘れないこと。仕事も遊びも、楽しくやろうというのが信条です。さらにいえば、「落ち込んだり悩んだりする時間がもったいないでしょ(笑)」。ちなみに、35人中これまで退社したのはわずか3人という離職率にも驚かされました。トップの包容力が本物であれば、社員はちゃんとついてくるという証。経営者にとって社員は家族同然。ようやく社名に込められた意味がわかりました。

今も現役サーファー。「これだけは今も続いてます(笑)」。風を読みながら、次はどんな波を待つのでしょうか。

(取材・構成/池田厚司)