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「自分が成長しなければ人を幸せにできない。すべてはクラブに関わる人たちのために。」

2020.03.232020.03.23
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★渡瀬吾郎さん(44歳/西宮市・株式会社兵庫プロバスケットボールクラブ代表取締役社長)

公益社団法⼈ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(総称・Bリーグ)のB2中地区に所属し、兵庫県西宮市に本拠地を置く西宮ストークス。Bリーグ元年となった4年前のシーズンには、記念すべきB2初代チャンピオンに輝きました。西宮市はもとより、関西出身の選手が多く在籍する若き精鋭たち12名のチーム。そんなチームとクラブを率いているのが、2018年8月に代表取締役社長に就任した渡瀬吾郎さんです。今年に入って年間60試合の3/4を消化したところで、新型コロナウイルスの影響により開催延期や中止が決定。先の見えない不安を抱えつつ、今やるべきワークスタイルをしっかり守りながらB1昇格を目指しています。

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◆選手とフロントとの距離感

3月初旬のとある日、体育館に西宮ストークスの姿がありました。コートをフルに使って、ゲームを想定した実戦的練習。指揮を執るのは、今シーズンから就任したマティアス・フィッシャーヘッドコーチ。母国ドイツのトップリーグでの経験を生かし、プレッシャー に負けないアグレッシブなチームづくりを目指しています。上下左右に鋭く動きつつ、素早いパスまわしやドリブルを繰り返しながらの攻防。これがプロのプレーというものなのか。もはや格闘技といっても過言ではないくらい、目の前で繰り広げられるエキサイティングかつスリリングなプレーは想像以上でした。

練習終了後はやっぱり新型コロナウイルスの話題に終始。フィッシャーヘッドコーチ(右)も、「本来なら練習やゲーム終了後に選手たちとハイタッチや握手をするのが慣例なんですが、この状況下ではできません」と、1シーズン目で苦境に立たされた切実な胸の内を明かしてくれました。

今も出口が見えない新型コロナウイルスの感染への不安は、Bリーグにも暗い影を落としています。屋内感染のリスクが高いという理由で、アリーナを運営管理する自治体も試合会場の提供を自粛せざるを得ないからです。

早くゲームをやりたいですよね。「もちろんです!」と、人なつこい表情を見せてくれたのは、チームの絶対的エース・道原紀晃選手。プレイヤーのひとりとして、決してモチベーションを下げることなくいつでもゲームに臨めるよう心身の準備を怠らない点も、プロたる所以にほかなりません。

◆熱烈なブースターを経て英断

 「今爆発的に売れているコミック単行本について、情報交換をしていたんです(笑)」と渡瀬さん。え、バスケットのことではなかった?今季新たにチームに加わった岸田篤生選手とチームや技術に関わる話をしていたと思っていたので、これは意外でした。こんな和やかな雰囲気でバスケット以外の話ができるのも、フロントと選手との間で良好なコミュニケーションが保たれている証拠。渡瀬さん自身もバスケットボールの経験があったことも選手との距離を縮めたに違いありません。

「(選手は)みんなとっても素直で真面目でいい方たちばかりなんですよ」。外国人選手も3人いますが、「日本の文化を取り込もうと前向きで、今ではすっかり馴染んでくれています。選手には本当に恵まれています」。現場のことがしっかりわかっているフロント。決して会社の社長椅子で収まってはいません。

クラブの代表になるまでは、現在のメインスポンサーでもあるIT関連企業に在籍していた渡瀬さん。しかも⻄宮ストークスの熱烈なブースタ ー(バスケットボールにおけるファンの意)でした。現在に至るまでに、「自分を創ってくれたバスケで何か恩返しがしたいという思いがすごく強かったんです」。そして、現在のクラブオーナーへ嘆願。かく して渡瀬さんの挑戦が始まりました。

ブースターからトップへ。「そんな生やさしいものではありませんでした(笑)」。予想していたこととはいえ、いざクラブやチームを企業目線で俯瞰してみると課題が山積。パートナー探しや集客、広報、そして資金繰り。休みもろくにとれないハードな日々は、今も続いています。

◆今季掲げたスローガンの意味

努力の甲斐あって、現在スポンサーは130社以上に。今季はB2中地区で現在2位をキープ。このままいけばプレイオフ進出も現実的になり、B1昇格も夢ではなくなってきました。「新型コロナの影響の大きさが…」。ようやくチームの立て直しができ始めてきていただけに、開催延期や中止というアクシデントはBリーグ全体にも飛び火。「これからどうなるのか、何もわからないし決まってもいないんです」。もしかしたら、こんな時期に取材どころではなかったのかも知れません。

去年7⽉、クラブで初の合宿を実施。選⼿はもちろんフロントスタッフや関係者も加わり、全社⼀丸となって約50名が参加した会社⾏事でした。会社としての理念や経営⽅針、売り上げ⽬標の確認などの研修を始め、レクリエーションとしてのバスケットボール⼤会やバーベキューを通じて、1泊2⽇の合宿は終了。「短期間ではありましたが、これによって選⼿とフロントとの距離がさらに縮まったような気がしますが、その場で約束したことがまだ実現できていないのが実情です。そのためには、⼒強いコミットと創意⼯夫が必要で、それがあって初めて“協創!”というスローガンを掲げた意味があると思っています」。スローガンには、そんな思いが込められているのです。

◆「負けない会社」へティップオフ

フロントスタッフは全員で11名。渡瀬さんを筆頭に、ゼネラルマネージャーや営業、チケットスタッフ、広報やグッズ担当者など、少人数ながらプロスポーツ企業として必要な業務にあたっています。そんなスタッフもシーズン中のホームゲームでは総出して裏方に徹します。バスケットボールで使用するコート以外のラインを養生テープで隠す作業をしたり、コートの中央に西宮ストークスのシンボルステッカーを貼ったり。さらには、コートサイドにアリーナ席やスポンサー看板の設置など、会場設営すべてをスタッフやボランティアさんの手で行っています。ゲームが終わったあとの撤去はもちろん、ゲーム中のチケット取り扱いやグッズ販売などにもあたっています。見た目には華やかなプロスポーツですが、陰ではこうした地道な努力を社員総出で行っていることも驚きでした。

これまでの経験が生かされていることは?「ほとんどありませんね(笑)。あるとすれば、営業活動で培ってきた人と接するスキルくらいでしょうか。経営者としてはゼロからのスタートですから、すべてが勉強です」。変わったことは?「それはたくさんあります。自分よりも周りの人のことを考えるようになりました。自分が成長すれば必ず人を幸せにできる、と。そのためにも、感謝という気持ちを忘れてはいけないと思っています。社会貢献とは結局そういうことの積み重ねなんです」。

チームの勝敗に関わらず、勝ち続けていかないといけないのが会社経営。当面の目標は、年間総売上3億円と専用アリーナの確保。B1昇格のためのハードルは決して低くありませんが、次のステージに向けてティップオフ!

(取材・構成/池田厚司)