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「苦手なことはたったひとつ。 歩きながらドリンクが飲めないんです」。

2020.11.302020.11.30
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Groovy Hair DEEPERオーナー・那須勇人さん(41歳/大阪府岸和田市)

全国にある理美容店は約36万軒。その数は、驚いたことになんとコンビニの6倍に匹敵し、そこで働くスタッフは約76万人以上ともいわれています。大阪府岸和田市に理容店を構える理容師・那須勇人さんもその一人。2009年に開業以来、地域に密着した理容店として、メンズヘアのトレンドをリードしています。

 

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◆あご髭の理由

 

南海本線・岸和田駅から歩いて約7分。通りに面した路面店が、那須さんの仕事場。店内はブラックを基調にした、ライブハウス的なカジュアルテイストを取り入れたインテリア。最近は内装にブルーを取り込み、よりカジュアル感を創出しています。かつてはアンティークな照明でゴージャスさを演出するなど、半径2㎞が商圏といわれる「まちの散髪屋さん」にしてはオシャレすぎます。

 

さらには、圧倒的な存在感を示す某有名ブランドのスニーカーや、マニアックなレコードプレイヤー、なぜかクワガタのいる「クワリウム水槽」まで、実に多彩。これでもかというくらい、エモーショナルな店主の趣味が伺えます。

 

店主はこの人。バリカンを使って自分で刈り上げたという個性的なヘア、そつなく着こなした上品なグレーのベスト、そしてなによりも10㎝以上もあるあご髭がとっても印象的です。元々髭が濃いのに肌が弱い体質。なにかいい方法はないものかと思案中、2年前になぜかアメリカの歴代大統領・リンカーンを思い出し、これだ!と。まるでテノール歌手を思わせる出で立ち。「この間普段着でまちを歩いていたら、通りすがりの男子中学生数人に、めっちゃ気持ち悪がられてしまいましたけど(笑)」。いざ話してみると、見かけによらずとても気さく。話し方も歯切れがよく、話題も豊富そう。450人を超えるリピーターがいる理由がよくわかります。

 

◆偏差値の分かれ道

理容師を目指した理由は、「好きなことを仕事にしてしまうと、嫌いになった時が大変でしょ(笑)?本当は、父も兄弟も鉄道マンだったので自分もなりたかったんですが、偏差値が終わってましたから(笑)」。もともと手先が器用で、人の髪をさわるのも嫌いではなかったので思い立ったのが理容師。高校卒業後は理美容専門学校へ進学し、卒業後はそのまま専門学校の講師として残り、より実践に近い2年間をすごしました。

 

当時はカリスマ美容師ブーム。ファッショナブルで華やかな世界に憧れる若者も多かった時代でもありました。それに比べると、理容師はスポットが当たりにくい地味な仕事。しかも相手はほぼ男性。「迷いはなかったです。これでよかったと思います。長くこの仕事を続けていけばいくほど、年をとっても理解できるのは男性の感性ですから」。

 

理容師としての第一歩は、高石市の理容店でした。数人のスタッフで店を回していましたが、「とにかく毎日が忙しくて。おかげでハサミが早くなりました(笑)」。じっくり技術を磨くのには、まったく無駄のない7年間。気がつけば三十路に到達。独立開業に気負いはありませんでした。

 

◆技術と心地よい空間

開業当初は、子どもから高齢者まで幅広い年齢層がターゲットでした。しかしすぐに軌道修正。「理容店の場合、幅広い年齢層を設定するには実績が必要だと気づいたんです。幅広い年齢層のお客さんを獲得するのには、長い歴史の中でお客さんに世代交代が起きないといけませんから。それに当時は、内装がゴージャスすぎて入りにくかったということもあったと思いますが(笑)」。結果、当面のターゲットを20~40代に絞り、ブルーなどのインテリアや明るめのLEDなどを導入して、カジュアルな空間にチェンジし「入りやすい店」に。

 

完全予約制。基本、一対一のスタンス。手と口とは同時進行。両方ができてこそプロ。まさに職人技ですね。「でも、歩きながらドリンクが飲めないんです(笑)」。え、どういうこと?「飲むか、立ちどまるか、どっちかでないと無理(笑)」。仕事には影響しないのでヨシとしましょう。

 

欲しいヘアスタイルを手に入れたい。そんなニーズに応えるために高い技術力は必要不可欠ですが、お客さんとのコミュニケーション能力も必然。「鏡で仕上がりを見てもらって納得してもらって、気分よく店を出て行っていただく。おうちへ帰って、こんなはずじゃなかったなんて思われないように」。決して同じものがつくれない理容という特殊な商品。あの店に行けば間違いない。お客さんが信頼を寄せる店になるために、技術プラス心地いい空間を売るのが那須さん流です。

 

◆人生設計と独自の美学

ここ数年、ベリーショットやツーブロックがメンズのトレンドで、刈り上げへのニーズが高くなってきました。「だんじりファイターや職人さんたちも短い髪形を好まれます(笑)」。他府県へ引っ越ししても、散髪だけはほかではしたくないと遠くから来店するリピーターが少なくありません。お父さんリピーターに促されて、今風に変身する小中学生も多くなってきました。かと思えば、とある中年タレントの名前を出してヘアスタイルをリクエストする高齢のお客さんもいたりするなど、開業後12年にしていつの間にか年齢層は幅広くなり、開店当初に設定したターゲットが現実のものになりました。「まさしく継続は力なり、を!」。

 

キリのいい45歳で、奈良の高級住宅街に2号店を出すことが当面の目標。その後の人生設計も着々。どちらかというと、体がボロボロになっても働きたいというより、余力を残して現役を引退したいタイプ。だからでしょうか、年齢を重ねるごとに1日にさばく客数も限定していきたい考えです。「いつまでも職人でいるのではなく、アーティストにならないといけないと思っています。ハサミを置くのは65歳と決めています」揺るがぬ美学がそこにあります。

 

那須さんに言わせれば理容の現場は「鏡仕事」なのだそう。鏡という虚像を通してリアルにお客さんと対峙しながらの1時間。鏡の向こうにいるのはお客さんではありますが、那須さんの目にはその先の未来まで見えているのでしょう。

(取材・構成/池田厚司)