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★片倉忠次さん(41歳/介護福祉士・堺市在住)
体重120キロの巨漢でありながら、笑った時の目がなんともやさしい癒し系。介護の現場で厳しい状況に直面しても、決してめげることなくむしろ「現場が楽しくて仕方ないんです」。反面、フルコンタクト空手の指導者やレゲエアーティストという意外な一面も。一度見たら忘れることのないキャラクター。周りからシュレック(アメリカのアニメ映画に登場する心やさしい怪物)と誰からも親しまれ愛される理由が、わかるような気がしました。
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◆おばあちゃん子だったシュレック
「小さいころから、おばあちゃん子だったんです。この顔みたらわかるでしょ(笑)?」。両親よりはるかに影響の強かった、祖母の存在感。多少口うるさい面もありましたが、「おばあちゃんの言うことはよく聞きました」。祖母がすぐそばにいて当たり前の生活。それだけに、高校1年生の時に臨終に立ち会えなかったことが今も心残りなのだそう。「あまりにも突然で喪失感がありすぎました。生きているうちに、もっと色々したかったなと」。介護職を選んだのも、そんな後悔の念があったからでした。
介護関係の専門学校を卒業後、とある老人ホームで介護福祉士デビュー。介護保険制度がまだなかった時代。介護職というワークスタイルの現場は、今以上に過酷そのものでした。しかも“事件”が起きるのは、ほとんどが夜勤の時。「もういっぱいありすぎて、すぐには思い出せません(笑)」。ほの暗いフロアにいるのは自分だけ。一人で気づき、判断し、処理を終え、記録する。こんな検証を何度も重ね経験を積むことで、それらはすべて自分の財産となりました。
◆人が好きだから仕事も好き
老人ホームを皮切りに、中規模総合病院や総合福祉商社などで積んできた多くの経験。周りからのアドバイスを受けて学び、ブラッシュアップも図りました。現場仕事だけでなく、マネージメントの側面でスタッフをサポートしたり営業にも回ったり。この間、多くの施設や異業種との交流も深まり、独自の人脈も築いてきました。
現在は大阪市内の障がい者施設が職場で、はや3年が経過。いつの間にか介護職に携わってきた年月は20年を超えていました。そんなに長い期間この仕事を続けるのは大変だと思いますが。「やっぱり仕事が好きだからなんでしょうね。仕事がというより、人が好きだからだと思います。辛いとかしんどいとか思ったことはほとんどありません」。
最近は、施設や病院で介護者や看護師によるパワハラが問題になっていますね。「いくらストレスがあるといっても、利用者さんは大切なお客様です。暴力を奮うなんて理解できません。介護者が一度でもそんな気になったら、この仕事は辞めるべきだと思います」。徘徊など問題行動が起きれば、その行動がどこからきているのかをちゃんと探る。本人の満足感を得ることができれば、お互い理解し合えるのだと確信しています。シュレックいわく、「怒っちゃダメです(笑)」。
◆仕事と空手とレゲエというトライアングル
フルコンタクト空手と出会ったのは、20代前半。当時ピーター・アーツやアーネスト・ホースト、国内でも佐竹雅昭らを擁して一大ブームを築いた格闘技K-1に刺激されて近くのフルコンタクト空手の道場へ。
恵まれた体型ゆえに、ウエイト制の無差別級で多くの大会で上位入賞を果たし優勝の経験も。賞をたくさんもらったでしょうね。「いや、もらったのはケガばっかりでした(笑)」。手足の捻挫や脱臼は日常茶飯事。試合中に頭部に痛みを感じて救急搬送されたり、右足の骨折で全治3カ月の重傷を負ったり。さらには両足膝の半月板を痛めて、やむなく除去手術を行ったりしたことも。それでも仕事に支障をきたしたことはないというから、強靭な体力と気力には驚きです。現在は新しい流派を立ち上げて、指導者として約30人の道場生の指導にあたっています。
そして、空手以外に自身を支えているのがレゲエという音楽ジャンル。一時はダンスにどっぷりはまって週末には気の置けないレゲエ仲間と親交を深め、今もいい関係を持続したまま精力的にライブ活動も行っています。いつもポジティブで前向きなワークスタイルを支えているのは、これらの趣味の賜物だったのです。
◆進展著しい介護業界に期待
意外なことに、空手やレゲエで培ってきたリズムやテンポが介護にひと役買うケースも。たとえば転倒防止などを目的とした筋力アップのためのリハビリや、脳活の一環でレゲエの8ビートに刺激され、昔好きだった歌がつい口から出ることもあるそうです。「病気だと決めつけるのが一番よくないんです。ついつい周りは、こうに違いないと答を出したがる傾向にありますが、認知症ひとつにしても小さな可能性がある限りそれを突き詰めないといけないんです」。介護に一番必要なことは、何といってもコミュニケーション能力。言葉を通じて意思疎通を図ることが、人と人との基本だからです。
今や介護の世界でも、ネットワークが重視される時代。以前と比べると、医師を頂点としたピラミッド型ではなく横一線の風通しのよい関係が構築されつつあります。最近、介護職に携わる人たちの音楽イベントが数多く開催されているのもそのひとつで、「本当はみんなやりたかったんですよ(笑)。きっかけは何だっていいんです。それによって輪が広がり、介護関係者のスキルアップにつながれば」。介護者が、目的に向かって頑張れる仕組みづくりも必要だというわけです。
仕事がきつくて暗いイメージがつきまといがちな介護職。いざ自分の家族が要介護になったら、たちまち大きな不安に苛まれるかも知れません。そんな時、力になってくれるのはきっとシュレックに違いありません。何より、天国のおばあちゃんが見守ってくれているはずですから。
(取材・構成/池田厚司)