}

「ゆるい発想と面白い介護を、さらにもっと」。

2018.08.222018.08.22
タグ:

★上野禎実さん(堺市北区/一般社団法人さかい介護連携促進協会代表理事)

とかく重いイメージの多い介護や福祉。だからこそ、わかりやすく、親しみやすく、利用しやすく。そのためには、経験はもちろん人の気持ちに寄り添える人柄と、普通じゃ面白くないという独自の工夫とひとひねりが必要不可欠です。2年前に社団法人化された正式団体名の頭文字からとった愛称「さかそ」は、その前身ともいえる「ゆるり」を立ち上げて6年が経過。これまで築いてきた人脈プラスゆるい発想が功を奏し、大きな輪となって花咲いています。

☆     ☆     ☆

◆介護のコンセプトは「ゆるくつながる」

去る8月3日。ライブイベントとしては、これが4回目でした。回を重ねるたびにヒートアップし、今回の出演バンドは25組。ハンパないノリ。驚いたことに、出演バンドのほとんどが医療・介護職の関係者オンリー。ドクターはもちろん、ナースやケアマネ、ヘルパーにソーシャルワーカーも。まるで出演者そのものが救護班のようなステージの連続、まさかまさかの非日常的な光景。「でも一番楽しんでいるのは私かもしれません(笑)。ほんと、出演してくださるみなさんのおかげです」。

医療や介護に携わる人々が、さまざまなかたちで交流を図りながら、目指すはサービス向上。そして、介護者自身の負担軽減のためのレスパイトケア。音楽フェスと呼ばれるコンテンツもそのひとつでした。このほかにも、他職種の勉強会や若手介護スタッフの交流会を定期的に実施しているほか、介護ビジネスの橋渡し的なアウトソーシング事業をバックアップしたり、有料老人ホームの質向上を目指すべく緊密なネットワークを形成して施設間情報の共有にも力を注いでいます。

コンセプトは「ゆるくつながる」。これまでありそうでなかった、ユニークな介護事業。さぞかし熱いリーダーかと思いきや、穏やかで物腰の柔らかい意外なキャラでした。「私自身がゆるい人間ですから(笑)」

◆完全にモテ期を逃した青春時代

とはいえ、介護の仕事がしたかった、と最初から決めていたわけではありませんでした。むしろまったく真逆の半生。中学生のころ音楽に目覚め、高校・大学とバンド活動にのめりこむ日々。「いやあ、私ほど灰色の青春時代を送ってきた男はいないんじゃないですかね(笑)」。え、そうなんですか?でもバンドをやっていたら何がしかの恩恵が。「それが全然。有名私立の男子高校ということもあり、私のような中途半端な生徒は、もはや蚊帳の外でしたから(笑)」。

ちなみに、バンドのジャンルはロックでもなくブルースでもなく、“お笑い系”。いわば、米米CLUBや爆風スランプのような奇抜な衣装に身を包み、理解不能の歌詞を引っ提げて、ただひたすらノリだけでリズムを刻むという世界に身を置いていたのです。「バンドそのものは結構受けていたんですが、どうしてもその先まではいかなくて(笑)」。

一番息の長かったバンド「犬道徳」では、ボーカルを担当。テレビの構成作家やFM番組のパーソナリティーを務めるバーバラよねさんとは同じ大学で、クオリティの高いベース奏者としてメンバーの一員だったそうです。

就職のことは考えなかった?「だって、これでメシを食っていこうとマジで思っていたくらいですから」(笑)。なるほど、だから今も音楽イベント。やっとつながりました。

◆人のために何をやり遂げること

大学卒業後は業界最大手の大型SCに就職します。これでバンド熱が冷めたのかと思いきや、「人生舐めてたんでしょうね、まだまだチャンスはあるとずっと思ってました(笑)」。

時あたかもバブル絶頂期。何をやってもモノが売れた時代、やがて東京本社に栄転。当時は店単位ではなく本社で一括仕入れだったため、大口取引を狙うメーカーからの接待がハンパなかったそうです。「とにかくすごかったです。あの感覚って、勤め人として麻痺してしまいますよね(笑)。さすがにこのままじゃ人間ダメになってしまうと思いました」。

退社後大阪に戻ってきたものの、仕事のアテはなし。かつてのバンドメンバーの血縁を頼って土地家屋調査士の仕事をしてみたり、不動産屋の経理に携わってみたり。40代前半でパワハラまがいの目に遭って、精神的にしんどくなったこともありました。

ある日、ひょんなことから有料老人ホームの入居相談員を任されることに。これが大きな転機となりました。病院のソーシャルワーカーやケアマネを相手に、ひたすら営業活動。努力が実って、その有料老人ホームは初の満室達成。「今日はこの人に会ってこんなことを提案して喜んでもらおう、とかを考えるのが死ぬほど楽しい毎日でした」。まさに、これまでになかった充実感でした。

営業活動を通じてつながってきた人間関係。気がつけば、とてつもない人脈が広がっていました。これは何かできる。営業時代に読んだ本でみた「人のために何かをしていたら、必ず自分に返ってくる」というフレーズを信じて、「さかそ」を立ち上げたのでした。

◆ラジオ番組というメディア力

「さかそ」の中で最も注目すべきが、「ゆるりぽっど」(第256回より「さかそ!100年ライフ」にタイトル変更)と呼ばれるメディア活動です。ホームページと連携したインターネットラジオ番組で、いわば「聴くブログ」的存在。毎回介護に関わるユニークなゲストを招いて一般ユーザー向けの情報を提供するのですが、堅い話は一切なし。「まじめにやっても面白くありません(笑)。それに介護から少し離れている人のほうが的を射ていることも多いんです」。だからでしょうか、親しみを感じるリスナーにとっては「こんな話が聞きたかった」と、反響のスピードは早かったそうです。

放送回数はそろそろ300回に迫る勢い。嚥下が難しい人向けにゼリー状の焼酎をつくった酒造会社や、遺品整理品を買い取ってくれる業者、自らの苦い体験を活かして巻き爪に特化した巻き爪補正士さん、さらには高齢者のファッションショーを施設で開催したクリエイターなど、ゲストは実に多彩。すべては、これまでの人脈が実を結んだ結果にほかなりません。

与えられたことをこなしていても面白くない。こうしたいと思う気持ちを持って行動することが、働くことだと力説します。

目指すは、介護の駆け込み寺。堺市にとどまることなく、外へ外へ。「あの有料老人ホームの経験があったからこそ。すべては、ネガティブな青春時代がパワーになってます(笑)」。

 

(取材・構成/池田厚司)